私の介護体験記2―母の場合、認知症
前田丈志

2005年2月、私は板橋区にある東京武蔵野病院 老齢精神科外来に、母を連れていった。いわゆる「もの忘れ外来」である。住んでいる地域で認知症の専門医を探すためには、まず自治体の保健所が行っている保健婦さんによる「認知症相談」を活用することをお勧めする。認知症は地域での介護が必要になるため、遠方の大学病院より地域の医療介護と連携した、認知症の専門医との関係が重要になるからだ。

 温厚な笑顔で母を診察してくださったのは、認知症の専門医である辰野医師であった。まず、脳の画像検査MRIを受けた。辰野医師が母と面談して認知症の心理テストを行い、脳の画像診断から前頭葉に脳萎縮が見られると言った。さらに脳の血流代謝を測定すれば、脳萎縮の程度が分かるそうだ。万引きなど母の問題行動も、正直に家族からお話した。辰野医師から、道徳的判断や感情抑制をつかさどる脳の部位が前頭葉にあり、ここに脳萎縮が見られる場合には、万引きなどの問題行動がおきることがあると説明された。認知症にもいくつかの種類があり、約6割がアルツハイマー型認知症。私の母の場合は、前頭側頭型認知症と診断され約2割を占める。まずは、家族が母の病気、認知症をよく理解すること。ご迷惑をおかけしているご近所のお店の方にも、家族から母の認知症についてよく説明していくことからはじめたらどうですか、という辰野医師のアドバイスでした。認知症の専門医からていねいな説明を聞いて、家族としてほっと安心したことを覚えている。

  次に、豊島区介護保険課に介護保険の申請手続を行った。窓口の地域保健福祉センターにお願いすると、保健婦さんが自宅訪問して本人と家族の面接調査に来る。合わせて主治医が意見書を豊島区に提出するのだが、私は認知症専門医である辰野医師に一貫して意見書作成をお願いした。ここで要注意なのは、介護保険は糖尿病などの生活習慣病より認知症を想定した制度になっており、一般の内科医のかかりつけ医による意見書では、低いレベルの介護認定がなされる場合があることだ。地域の認知症専門医は地元自治体との関係もあり、介護認定審査会においては、認知症専門医による意見書が介護認定に有利と言える。

 豊島区の介護認定審査会の結果は文書で通知され、要介護度2の介護保険証が郵送されてきた。介護認定を受けると、地域で活動しているケアマネージャーを探す。母は糖尿病の既往症があるので、内科の盛川医院に併設された「千川訪問看護ステーション」の看護師資格を有するケアマネージャー清野さんにお願いすることにした。ケアマネージャーは、介護保険の介護認定にもとづき毎月のケアプランを作成し、日々の介護サービスをコーディネートする要である。「千川訪問看護ステーション」は、週2回の訪問看護師さんによる糖尿病管理等を担当。毎日の生活介護は、板橋区にある「大秦介護サービス」からヘルパーの砂森さんを派遣してもらうことになった。介護保険の給付を上回る介護サービスは自己負担になる。こうして、母は2005年4月から介護保険による介護サービスを自宅で受けられることになった。

  まず、ケアマネージャー・訪問看護師・ヘルパーさんたちと、家族の連絡連携をはかるために「介護連絡ノート」をつけることをお勧めする。厚手の大学ノートに、自宅訪問したケアマネージャー・訪問看護師・ヘルパーさんたちが、必ずその日の母の状態を書き込んでいただくことにした。また家族への連絡事項も合わせて書いてもらう。私も週2回程度は実家に立ち寄って、必ず「介護連絡ノート」を読んで、お返事を書くように心がけた。家族からケアマネージャー・訪問看護師・ヘルパーさんたちへの要望も書き込むことで、双方向のコミュニケーションが大切になる。用事がある時だけ電話で済ませるのは、いざという時にうまく連携がとれないから要注意である。

  看護師でもあるケアマネージャーの清野さんと私がまずしたことは、自宅にあふれていた3年分の糖尿病のお薬を整理すること。母は、数年前に低血糖で日大板橋病院に入院したことがあり、以来、糖尿病内科の外来に通院していた。父の死後、私も母に付き添って日大病院に行ってみた。半日待たされての「1分診療」。電子カルテから40日分のお薬の処方箋がボタンひとつで印刷される。かくして飲まない薬の山が自宅にあふれかえることになる。老人医療に無駄があるとすれば、「1分診療」で大量に処方される飲まない薬を止めることだと思う。さっそく、地元の盛川医院に母のかかりつけ医になってもらい、訪問看護師さんが「薬のカレンダー」を作って、毎日飲む分のお薬をカレンダーの日付に貼り付けて、服薬管理をすることになった。

  こうして、認知症の母を支える在宅介護生活がはじまった。骨折による緊急入院から、高齢者向けバリアフリー住宅へのリフォーム、とうとう「寝たきり」の病院生活になるまでのお話しは、あらためて書きたいと思う。
  
        
(2008年6月5日)           

参考文献:岩波新書 結城康博著『介護 現場からの検証』(2008年5月刊)
 


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